むかーし、私が物心ついた頃から、父は 毎年 何百枚もの年賀状を作っていた。
中学校の教師だった父は、なんていうのか、四角いフレームに細かい網が貼られているヤツにインクを乗せて、賀状をセットして、シャーっとヘラみたいなやつを滑らせて印刷?するやつで作っていた。
そのインク文字を乾かすために、座敷に、きちんと並べていくのが私の仕事だった。8畳の畳の上に 端から並べていって、乾いたら回収して重ねていく。宛名は手書きでしかできないので、父は、忙しい年は大晦日までかかっていた。お手伝いしたらお年玉増えるかなーとか思ってやってたような・・・。

少し大きくなった時、
ウチもその、インクをシャーってやるやつ、やりたいやりたい!
と 駄々をこねてやらせてもらったが、見てるよりかなり難しく、文字が潰れて 何枚か賀状をダメにしただけだった。
万年、乾かす係だった。

そのうち、世の中に、プリントごっこ!という画期的な賀状製作機器が登場した時は、もう、父は 大喜びで、ピカッと光って、一瞬で仕上がるその兵器を、ピッカリ!と呼んで重宝していた。懐かしい・・・。あれ、何処に行ったんかなぁ…。

その後、私は、厳しかった実家の躾に嫌気がさして、高校卒業と同時にとっとと出ていったっきり、親不孝のオンパレードで、父がどんな風に年賀状を作っていたのかは、知る由もない・・・。

・・・その父から、今年 届いた年賀状。
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もう、辞めるらしい・・・。
毎年の干支にちなんだ父の笑詩、ほんまは、大好きだった。もうお終いなんか・・・。

なんだか、時代の流れを感じたり、自分の身の上も振り返ったりでホロリときた。
・・・お父ちゃん、お疲れ様。お手伝い、出来んくてゴメンな・・・。
そういう自分は、もう何年も前から年賀状は書いてない。あけおめメールもやめた。

今年、自分に届いた年賀状は、身内からと、揖保川の木村囮店さんからだけでした。
そんな時代なんですね。それでいいと思う。
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木村さ~ん!今年はちゃんと渓流&鮎釣り券、買いに行くからな~っ!よろしくです~!!